山木工業ブログ > トピックス > 震災後の当社振り返りと今後の取組み(平成29年3月11日)

震災後の当社振り返りと今後の取組み(平成29年3月11日)

2017年3月11日


大震災後の当社は、復旧・復興工事に携わる中、お陰さまで様々な体験を通しながら、復旧と復興に貢献できたものと考えておりますが、各施工部の状況と当営業部からの視点で振り返ります。

震災後の山木工業(いわき市)の振り返りと今後の取組み1

小名浜工事事務所

津波の影響を受けて港湾・漁港や海岸が被災し、海上工事を得意とする当社は、大きな工事を数多く受注しました。当社で準備できる技術者以上の発注量があったことから技術者配置に苦労しました。また技術者を複数配置する場合には、相性にも苦心して配置に当たりました。現場を持てる人は全て持ったという状況が続き、健康障害が心配され、発注工事が多い分、積算も大変でした。積算はミスを許されず神経を使ったものです。震災前は仕事が薄くなった状況に危惧も覚えましたが、若い技術者に経験を積ませることができました。営業部としては取りこぼしが少なく、なんとか予定の工事をこなせたとホッと胸をおろしています。

震災後の山木工業(いわき市)の振り返りと今後の取組み1

土木工事部

海上工事の出来る施工会社は、限られており、港湾工事に土木技術者を送り込まざるをえず、残った技術者で大きい現場をこなしている状況が続いています。少ない技術者、いわば少数精鋭で現場を回したわけです。とても素晴らしい技術者だと感心しています。この大きな現場をこなした経験は若い層に良かったと強く感じます。港湾整備が進み、次のステージは土木工事だと予想されます。土木の技術者は基礎ができており、新卒で入った社員も辞めた者もなく、着々と成長しているので、これからが楽しみです。

建築工事部

復興のシンボルとされた災害公営住宅、豊間団地、沼ノ内団地、新舞子ハイツ、豊間中学校などの建設が立て込み、その仕事量をよくぞこなしたものだと、本当に感心しています。土木同様、素晴らしい技術者のおかげだと敬服しています。建築案件についても、まだ復旧しなければならないものが残っており、そこでも力を発揮できるものと考えています。ベテラン頼りになっている点もあるので、若い技術者を育てていく必要があるとも感じています。

震災後の山木工業(いわき市)の振り返りと今後の取組み1

まとめ

震災後の復旧・復興工事を通して、休みが思うように取れないなど苦しい労働環境でしたが、それを乗り越えたことで現場の技術力は大いにアップしたものと喜ぶ気持ちも大きいです。ただし詳細な積算力の力量はアップできていないという危機感は残っています。

 今後の営業部は技術者配置の苦心は続くのですが、現場技術者が心の病などの罹らぬよう留意してまいる所存です。営業部もまた少数精鋭態勢ですが、電子閲覧・電子入札が増えてきて負担は減っています。今や工事のピークは過ぎたと判断でき、随意契約も無くなり総合評価方式が多くなることでしょう。工事発注見通しの情報収集、各部との連携を密にし、震災で経験したスキルアップ技術力を活かせるよう、受注につなげ、人が育成され、まちづくりに寄与してまいりたいと考えています。

営業部 部長 片桐 剛寿

震災後の山木工業(いわき市)の振り返りと今後の取組み1

2017年3月11日

震災後の当社振り返りと今後の取組み(平成29年3月11日)関連ページ

震災5年を経過して 復旧・復興の歩みを振り返る
 平成23年3月11日の東日本大震災から5年を経過しようとしております。その間に様々なことがありました。復旧はほぼ終わり、復興に進む中で考えることも多々ありましたので、この投稿を通じて大震災の復旧・復興のあゆみを振り返っ […]
震災5年目を迎えて山木工業の使命と新たな決意
 平成23年3月11日午後2時46分に各地に未曾有の被害をもたらした東日本大震災から、今年で5年目を迎えます。当地いわき市では1ヶ月後の4.11に大きな直下型の地震があり、むしろ3.11よりも揺れが大きかったような気がし […]
50年の軌跡(その4) 先見の明、港湾進出
 仕事がないなら自分で作るしかない、という考えから、あまり人がやらない海の仕事を手がけることになった。当時の港湾工事は県の直営工事と大手に負う仕事に分かれていた。直営工事の、例えば岩盤の掘削による土砂の運搬などから手がけ […]
50年の軌跡(その3) 「山木は材木屋?」で決断
 日米安保条約が成立した昭和26年、山木屋材木店は株式会社に改組、山木林産工業と改め、志賀季三郎がそのまま代表取締役に就いた。  同29年、高久村は平市に合併され、村会議員は「市会議員」となる。自治法上の絡みもあって代表 […]
50年の軌跡(その2) 社運かけた豊間中学校
 この豊間中学校には山木工業の社運をかけたエピソードがある。同社は坪1万円で豊間町から工事を請け負った。朝鮮動乱のさ中で、上棟式をあげた直後に物価が急上昇し、よその業者が請け負った学校建築は坪2万円と倍額になった。今なら […]
50年の軌跡(その1) クイ木調達から起業
 平成3年に発行した弊社の会社案内『50年のあゆみ』から4回に分けて掲載します。  昭和16年、いわき市平下高久に開業した山木屋材木店が、現在の山木工業の前身である。太平洋戦争が開戦した歴史的な年でもあった。  米穀商の […]

トラックバックURL

http://www.yamakiind.jp/blog/1530/trackback/


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です